2017.03.15

トクマルシューゴ「TOSS」ツアー

2016年 11月から始まったトクマルシューゴ6枚目のアルバム「TOSS」の日本ツアーが、結局「TOSS」ってなに?って聞けぬまま終わりました。インタビューとかで言っているのかな?自分が勉強不足なだけですが、このタイミングで改めて辞書を引いてみる。

tossとは
(軽く・ぞんざいに上方に向けて)投げる、ぽいと投げる、ほうる、(下から)軽く投げる、トスする、投げる、(急に)投げ上げる、ぐいと上げる、(順番・勝負などを決めるため)投げ上げる、硬貨投げで決着をつける

ふーん。

タイトルとは、このくらいがちょうど良い。その先を自分で解釈できるから。

彼のものを作るやり方は、人が手を出さないような、だいぶややこしい手順を踏んで作っていると思う。
故に長年をかけて培った経験値ではない、彼自身の衝動のような物がしっかりと作品に込められていると思うし
自分自身の理解の向こう側を探す旅は果てしない。
完結しないまでも、一つづつ着実にアルバムという形や、その他、ミュージシャンの枠を超えた様々な方法で答えを導き出して行っている様な印象。
というより、答えを欲している。ちゃんと。目をそらさず。うそつかず。面倒くさがらず。
それって、えらいな。と思う。

でも、2016年 「TOSS」発売。
彼は、ぽいと(ぞんざいに)ほうり投げてしまった。。。

ふーん。

人の考えていることは、いつまで経ってもワカラナイ。
ってのは嘘で、ちょっと分かる。
タトゥーを入れたいと言ったら、滅多に怒らない父親にひどく怒られた経験があるから。

それとこれとが同じかはさておいて
このタイミングでふと思い返してみたくなった。彼との出会い。

最初の出会いは2004年 町田・簗田寺
お寺の住職(当時は修行中の身)同い年の齋藤紘良くんとこの場所を使って音楽のお祭りしたい。
と、よくある夜に語らう的な、ふらっとコンビニでも行くか。的な。あ、星、綺麗だね。的な。
じゃあ、タイトルどうしよっか。的な感じで、若干22~23歳のひよっこが作る小さな音楽FES。当時SAKEROCKの所属していたレーベル「map」でCDを出していて、同世代のアメリカ帰りの、謎めいたトクマルシューゴ君という人を呼びたい。
もちろん、CDを聞いて、ほのかおる自分には持っていない文化の匂いに、非常に嫉妬と感嘆の気持ちを抱いたから
誰を呼びたいか会議で一番に挙げさせてもらい。その日が実現することになった訳。

印象、ムズイ。細い。暗い。

もちろん、お寺の舞台で幻想的で最高にカッコ良いライブをしてくれたんだけど
あとあと聞いたら、sakerockをはじめ主催者のバンドを差し置いて
トリがトクマルだったことに、その場にいた首謀者達に対して、甚だ人間性を疑った目で見ていたとの事。

僕らとしてはスペシャルゲスト感覚のつもりが、若さ故の凡ミス。
至極真っ当な嫌悪感を抱いたトクマルとの、出会いとしてはあまりよろしくなかった模様。
改めて、よく今があるな。

その後、トクマルのバンドに最初に参加させてもらったのはいつだろう?
その当時、バンドメンバーは8~9人くらい居て?
皆は馴染みの顔達という中に、ちょっと遅れて参加した僕は
itokenさんだけが心の拠り所だった記憶。

初めましての人に対して、紹介し合うとか、気を使って話題を振るとか、一切ないインディーズシーンの洗礼を浴びつつ
自分もかっこつけたまんま、必要なら、ベース?弾きますよ。みたいな生意気だったので
ぼんやりとした状態の中、バンドの形は少しづつ変わり、ベースレスのベンドの形で固まってきた矢先
伝説の事件 トクマル NHKトップランナーで「ベースは不自由になる」発言。

個人的にはベースの役割がアンサンブルを狭める行為になる事も
ベースありきという音楽に執着もなかったので、ごく普通に聞き流していた案件だったのに
結構周りが「言われてたね」的な面白がり方をしていたり、変な気の使い方をされたり、
自分自身も「クビを切られた自分」っぽい立ち位置に変な楽さを感じてきて
きっと、これっきりトクマルバンドをやる事は無いんだろうなぁ。
と非常に悲しいすれ違いの別れになってしまう筈だった。

だけれども、また呼んでもらってからは
自分だってトクマルバンドやりたいぜ!感をしっかり出しながら
トクマル達も、田中のベース必要なんだぜ!感を出してくれる、災い転じてなんとやら。
言葉にすると、なんとも幼稚な感じもするが仕方ない。実際そんな感じだったのだ。(あくまで自分は)
その後は順風満帆。
色んな素晴らしい人に出会わせてもらい、素晴らしい場所に連れて行ってもらった。

言葉の少ないトクマルはあまり、本心や理想を言わない。あと人のせいにもしない。
ただ、静かに少しづつミッションをクリアしていき、到達する。

僕らはそういうリーダーに対して、言える事は少ない。
と、思っていた。
実際、トクマルのDVDでトクマルに対してのインタビューを受けた時も
大体のメンバーが「トクマルの好きにやったらいい」的な事を言っていたような気がする。
「その環境に自分が居れるなら、精一杯応援したい」みたいな事も言った気がする。

ダセェ。と思う。

浅ぇ。とも思う。

自分もオールドルーキー「HeiTanaka」を始めてようやく分かる
リーダーという立ち位置。
「好きにやったらいい」という言葉の無責任さ。

間はありつつも、13年同じ様な道を近くで歩いてきた人間のいう事じゃねぇな。と思う。

彼のものを作るやり方は、人が手を出さないような、だいぶややこしい手順を踏んで作っていると思う。
故に、バンドメンバーとして新しく生み出す行為を探すのは結構ややこしい。
でもややこしい奴に、ややこしいと言っても、それはThis is a penと言っている様なものだ。
13年一緒にいるなら、もうちょっとロングセンテンスを使ったやり取りをするべきだ。

でも、彼は言葉が少ない。

でも、以外と彼はよく笑う。

ひとまずの「TOSS」ツアーお疲れ様
見に来てくれた皆様、携わってくれた皆様、ありがとう。

これからも続いていく。
それは大分楽しみな事だ。

田中馨

2人で写っている写真が手元になかったので、勝手にネットでとってきました。拝借いたします。
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